大浦天主堂

大浦天主堂

© (一社)長崎県観光連盟

国宝大浦天主堂。
フランス人宣教師フユーレ、プチジャンの努力で在留外人のための教会として建てられ、元治2年(1865)正月に献堂式を行いました。

日本で最も古い教会で天草の小山秀が請け負ったが、その子孫が小山薫堂氏です。創設当初の姿は内部の身廊(しんろう)部分や、正面の扉に残っています。

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献堂式後まもないころに浦上に代々潜伏していたキリシタンがプチジャン神父に駆け寄り、自分たちがキリシタンであることを打ち明けました。信徒発見という歴史的な出来事がこの教会でおこり、世界中へそのニュースが流れたのでした。

1614年徳川幕府による禁教令によって禁止され絶滅したと思われていたキリスト教徒が潜伏して存在していたいう事実は世界を驚愕させました。

また、この教会は二十六聖人殉教地(じゅんきょうち)・西坂の丘に向かって建てられています。

大浦天主堂の敷地内に旧羅典神学校があります。木骨煉瓦造りの3階建てで地下1階があります。ド・ロ神父の設計で明治8年(1875)に建てられました。前面にベランダを設け、3階の中央部のみ高めている外観はユニークで、カトリック長崎教区の司祭を養成するための初めての学校でした。

※【献堂式(けんどうしき)】
集会を行うための会堂を神に捧げる儀式
※【殉教(じゅんきょう)】
自らの信仰のために命を捨てること