二十六聖人殉教の地

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JR長崎駅正面の山手に、豊臣秀吉の時代に26人のキリスト教宣教師たちが処刑された丘があります。いわゆる二十六聖人殉教の地で、そのモニュメントの裏にイエズス会の日本二十六聖人殉教記念館があります。

江戸時代に広まった日本のキリスト教の歴史であり、潜伏キリシタンの資料など長崎でしか見ることのできない資料がたくさんあります。

その丘の少し上に、スペインのサラクダファミリアを思わせる教会が建っています。聖フィリッポ教会で日本二十六聖人殉教記念館とともに有名な建築家今井兼次の作品になります。

京都でとらえられた信徒たちが見せしめのために長崎まで連行されたこの地は、長崎への入口の一つ浦上街道にあり、すぐ近くにサンラザロ病院、パウチスタ教会があるという場所でした。長崎在住のキリシタン達への見せしめのためにこの地が選ばれたのでした。

その後この場所は処刑場となり、江戸時代に600名余りの人が処刑されています。正面の二十六聖人殉教者像は、戦後の日本を代表する彫刻家でもある船越保武の作品です。

最近では、息子の船越佳さんも世界的に有名です。長崎だけでなく世界にとても重要な場所となっています。