崇福寺

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長崎市には国宝が3つもあります。そのうちの2つは崇福寺。

1つは入口あがって第一峰門、もう1つが大雄宝殿(だいゆうほうでん)です。2つとも中国で1度組み立ててから船で運び、長崎で再び組み立てて造ったものです。

大雄宝殿は、大壇越(おおだんおつ)の何高材(がこうざい)が寄進したもので、正保3年(1646)に建立されました。中国建築様式と、和式建築様式が融合されたもので、内部には化粧屋根裏風の天井など黄檗(おうばく)建築の特徴があります。第一峰門も中国寧波(ねいは)で材を組み、唐船で運んで組み立てたもので中国産の広葉杉を使用しています。

柱上部の藤巻、指肘木(ゆびひじき)、平垂木(ひらたるき)の扇垂木(おうぎたるき)、鼻隠し板など中国渡来様式の特徴ですが、軒下四手先三葉栱(よてさきさんようきょう)の詰組は他には例がなく、華南(かなん)地方にも稀ということです。建物上半部は吉祥模様等の極彩色を施し、軒先や下半部の雨がかり部分は朱丹一色塗にしてあります。

長崎には中国寺が4つあります。三福寺といわれる福済寺、興福寺、崇福寺それに和風の混じった聖福寺があります。

中国から貿易のために長崎へやってきた人たちで、その出身地ごとに幇(パン)を作ったのがはじまりでそれぞれのお寺を建立しました。

ひとつには幕府のキリスト教禁止令に伴い、キリシタンではないという証明や航海の無地を祈り、媽祖(まそ)様を祀るためにも建てたのではないかと思われます。

※【幇(パン)】
中国で、経済的活動を中心とする互助的な組織・結社・団体。